刀下の告白

50音企画

刀下の告白

 

 女性死神協会の定例会の後、やけに帰路で背後からの気配を感じていた。殺意に近いような気配は紛れもなく砕蜂であると千世は断定している。隠密機動の総司令官たるものがそこまであからさまな殺気を出して良いものかと疑問を感じる。
 しかし何度振り返ってもその姿は現れず、千世はそのまま人気のない方向へと進んだ。きっと人目の付かない所でないとその姿を現すつもりはないのだろう。
 木々が茂る場所へと足を踏み入れると、早速黒い影が背後へと回り込む。はあ、と千世は一つため息を吐いた。

「貴様、恋人が居るというのは本当か」
「…な、何ですか急に…」
「答えろ」

 いつも通りの高圧的な様子に、千世はまた一つため息を吐いた。急に何かと思えばそんな話だとは思いもしなかった。確かに千世に恋人ができたという噂はどこか物好きの間で広がっては居るらしい。それが砕蜂の耳にも入ったという事なのだろうが、どうして殺意を向けられなければならないというのだ。
 他にも恋人が居る隊士などいくらでも居る。二番隊にだって探せば居るだろうに何故わざわざ自分に。背後の彼女に千世はくるりと身体を向け、その刺すような視線を浴びる。

「どうしてそんな事を急に聞かれるんですか」
「私の質問に答えろ、恋人が居るのか、居ないのか」
「それを答えると何か私に得があるんでしょうか…」
「貴様隊長の命令に従えないというのか」
「だって、砕蜂隊長は私の隊の隊長では無いですし…」

 決して口答えという訳ではないのだが、恐らく彼女にはそう聞こえるのだろう。怒りに近い感情か、うまく会話が進まない状況への苛立ちか砕蜂の顔は赤くなってゆく。怒らせるつもりではない、理由も何も説明無くただ高圧的に恋人の有無を聞かれたのでは公平ではないだろう。

「目的を教えて下さい、納得すれば私も答えますから」
「も、目的!?」

 そんな事を聞かれるとも思っていなかった、とでも言うような様子で砕蜂は動揺する。常日頃命令を下す側である彼女だから、目的を説明する事など考えたことも無かったのだろう。

「つまり…貴様に恋人が居るなら、日頃……」
「日頃…?」
「……の話…を参考…に……」

 徐々に小さくなってゆく声と俯いてゆく視線を追い掛けたが、やがてそのまま動かなくなった。日頃の話を参考に、とは一体どういう意味かを千世は目まぐるしく考えるが果たして意味がわからない。
 彼女には恋人は恐らく居ないはずで、ただ一人異常なまでに敬愛をする夜一様という方が居ると聞いている。恋人同士の日頃の話を聞いて、何を一体参考にするというのか千世はじっと考えながら彼女の俯いたままの頭上のつむじを見つめる。
 しかし突然彼女が顔を上げ、睨んだような涙目の表情を向けられた。

「いいから貴様と恋人が日頃何をしているのか話して聞かせろ!」
「な、なんでですか!?恋人でも出来たんですか!?」
「違う!参考にすると言っておるのだ!」
「なんで私なんですか!?」
「貴様が一番手頃だからだ!」
「ひっ…!」

 あまりの必死な様子に千世は息を呑み、そのまま逃げるように走り出す。恋人が居ないならばその話を聞いて参考にするとは一体どういう事か全く分からない。まさか妄想の種にでもするというのだろうか。いや、まさか彼女がそんな夢を見る乙女のような真似を。
 久方ぶりの瞬歩で逃げ出したものの、まさか隠密機動に叶うはずもない。間もなく彼女の縄に掛かった千世は、その日が沈むまで十三番隊舎へと帰ることは無かった。