光っていたから星だと思う

50音企画

光っていたから星だと思う

 

 その夜はあまりよく眠れなかった。隣の布団からは規則正しい寝息が聞こえ、薄暗い中でその穏やかな横顔を眺める。眠ろうと意識を集中させようとする程逆に頭が冴えていくような感覚に、諦めて目を開くという事を千世はこの数時間で数回繰り返していた。
 眠る前に茶を飲んだわけでもない。今日も冷える執務室の中ひたすら机仕事だった為、しっかりと風呂に入って温まり良く眠れそうだと思っていたのだが。ごそごそと何度も寝返りをうち、枕を高くしてみたり外してみたりするのだがやはりどうにも眠気は訪れない。
 夏ならば縁側に出てぼんやりと過ごすなど出来るが、こう寒い冬となると布団から出るのも憚られる。はあ、と一つ彼の横顔を眺めたまま深いため息を吐き出すとその音が耳に入ったのかぴくりと彼の瞼が動いた。規則正しかった寝息は中断され、もぞもぞと寝返りをうつ。
 まずい、と今更口を噤みじっと身を潜めるが、千世を向いた彼の表情とぱちりと目が合った。

「眠れないのか」
「はい…すみません、起こしてしまって」
「いや、丁度良い。夢が良い区切りだったみたいでな」

 浮竹はそう言うと、少し考えたように目線を上げた。夢の内容を思い出そうとでもしたのだろうか。だがそう目覚めの良い時に限って綺麗さっぱりと夢の内容は頭の中から消えているものだ。千世も良く経験がある。

「そういえば子供の頃、夜眠れなかった時期があったな」
「子供の頃に…どうしてですか」

 千世が何となしに聞くと、浮竹は昔の話をぽつりぽつりと始めた。
 瀞霊廷で下級貴族として生まれ暮らしていた浮竹と、よく遊んでくれる男の死神が居たのだという。名前も知らない死神だったが、近所で姿を見かけては声を掛け護廷十三隊での活躍の話をせがんで聞いていた。だがある日を境に彼が突然姿を見せなくなったと。

「少し経って、彼が死んだのだと悟ってね。それから、暫く死が怖くなって眠れなくなった」

 浮竹はそうして口を閉じる。
 死神は命を落とせば霊子となり、この尸魂界を構築するものの一部となると霊術院では教えられた。現世から成仏して尸魂界へやって来た人間とは違い、生まれ変わりの輪廻には組み込まれない。それはつまり死神の死とは無であり、そう初めて意識をした時は漠然とした恐ろしさに怯えたものだ。

「私もいつか死ぬんでしょうか」
「そりゃあ死ぬだろう、いつかは」
「そうしたら…隊長とは会えなくなりますね」
「順番で言えば俺のほうが先じゃないか」
「どちらが先でも一緒ですよ、会えなくなるのは」

 違いない、と浮竹は軽く笑う。笑いどころか甚だ疑問だが、どうにも先程からやけにあっけらかんとした様子に千世は違和感を覚えていた。
 彼のように長く生きていれば、きっと多くの者の死を見届けたことだろう。今はまだ死が恐ろしいと感じる千世も、やがて彼のように長く生きるうちに何れ待ち受ける自らの死に対して軽く笑えるようになるものだろうか。だが、今の千世には何百年経ってもそう思う日が来るとは考えられない。

「だが、死んだとしても、千世とはまたどこかで会うよ」
「…どうしてそんな事が分かるんですか」
「分かりはしないよ。大体、誰も分からんだろう。死んだ後の事なんて」

 突然の言葉に千世はぎくりとする。やけに確信めいたような口調に、思わずそうかまた会えるのかと安心をしかけたほどだ。
 彼の言う通り、霊子になった後どうなるかを霊子になった本人に聞いたわけでないから知ったことではない。もしかすれば、人間のように実は輪廻転生があり、やがて現世へ若しくはまた死神として生命を得るのかも知れない。

「つまり、死んでみないと分からないという事だ。俺は少なくとも、またお前に会えると踏んでいる」
「その自信を、分けていただきたいです」

 今はまだ死に対する恐怖の方が大きい。浮竹のようにそうあっけらかんと言いたいものだが、まだ難しい。そう考えているうちに恐らく眉間に皺が寄っていたのだろう、浮竹は不思議そうな顔をして千世の表情を見つめる。

「何だ、千世はまた俺と会いたくは無いのか」
「そんなの、会いたいですよ」
「それなら、そう信じていなさい」

 そう微笑むと、彼は布団から伸ばした手で千世の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。手のひらから伝わる仄かな体温を感じながら、彼の言葉を頭の中で幾度となく反芻した。