ネオンカラーを引きちぎれ

50音企画

ネオンカラーを引きちぎれ

 

 うわあ、と千世は声を上げる。上空は風が強く、襟巻きに顔を埋めたまま足元に広がる景色をぐるぐると見回した。尸魂界とはまるで比べ物にならないほど明るく輝く夜だ。地上やそびえ立つ巨大建築に色とりどりの光が装飾されている。
 人工的な光がはじめは眩しすぎて目を細めたが、今は慣れその鮮やかさを存分に浴びていた。

「すごいですね、隊長」

 千世の感嘆の声に浮竹は頷く。突然現世へ向かうと宣言されたのがついさっきの話だった。こんな真夜中に現世へ向かってバレはしないかとヒヤヒヤしていたものの、この景色を見ればそんな小さな不安はどうでも良いと思った。
 しかし突然どうしたのかと話を聞けば、最近現世の都心部へ駐在していた隊士からの報告書に、浮竹は興味を持っていたのだという。都心部には普段多くの死神が派遣される市街と比べ物にならないほどの巨大な建築物が立ち並び、夜はまるで昼のように明るい。千世も現世任務は数え切れないほど向かっていたが、ここ近年の都心部には訪れたことが無かった。

「尸魂界とはえらい違いだな」
「あちらだと夜はほぼ月明かりだけですからね」

 この明るさに比べれば月明かりなどきっと心もとない事だろう。月が隠れるような日の夜は提灯を持たなくては歩くことさえままならない。技術開発局周辺は妙な明かりを放っているが、それ以外はぽつりぽつりと松明や灯籠の炎を頼りにするしか無い。

「でも確かに夜景は綺麗ですが、少し落ち着かない気がします」
「落ち着かない?」
「なんだか、誰かに見つかりそうな気がして」

 成程、と浮竹は頷いて笑った。きっと夜が貴重だと感じるのは、彼との逢瀬が殆ど日が沈んだ後になるせいだろう。しんと静まり返った暗い道を誰にも会わないよう願いながら進む夜は、初めは冷や汗の垂れる思いだったが今ではその暗闇に安心さえ感じるような気がする。
 もし現世の文明が瀞霊廷へもたらされたとなったならば、彼の屋敷にはどう向かうべきかと悩みたくなるものだ。どの道を通ったとしても眩しく照らされ、何かしらに監視されているように思えて落ち着かないだろう。

「確かに、こうも明るいと気を張りそうなものだな。折角の夜だというのに」

 その後、帰ろうかと浮竹はぽつりと言う。この地上に広がる光景は実に眩く美しいものだったが、しかし暫く眺めているとどうしてか暗い夜が恋しくなる。これはあくまで千世の想像だが、恐らくそれは彼も同じなのだろう。
 月明かりで僅かに照らされるくらいが、今の二人には丁度良いらしい。