キャンペーンは昨日で終了しました。

50音企画

キャンペーンは昨日で終了しました。

 

千世も早く占ってもらいなさいよ」
「ええっと…」

 千世は松本に急かされ、口ごもる。困ったような表情を正面に腰をかける雛森へと向ければ、彼女はにこりと目を細めた。
 雛森の占いが何やら当たるらしいという話を松本から聞いたのはつい先程だ。用事があり十番隊へとやってきたついでに松本の執務室を覗いた所、そう聞かされた。偶然にもこれから占って貰う予定を取り付けていたようで、千世も折角だからと五番隊舎まで連行され今に至る。
 連行される途中に聞かされた話によれば、雛森の占いは遊び半分、見様見真似で始めたもののようで、特に未来が見えるとか予言とかそういう特殊能力的な話では無いのだという。何やら現世品の札を使う簡単なものらしいが、それがどうやら何となく当たるらしい。
 初めは遊び半分で初めたものが、どうやら当たるらしいと変に女性死神の間で広まってしまい、近々それがもう面倒だから止めてしまうのだという。それならば最後に、という事で松本は約束を取り付けたようだった。

「当たるか分からないですよ」
「でも、実際に色んな子から当たったって聞いてるわよ」
「それは偶々というか…あたしも何で当たってるのか分からなくて」

 そう言って雛森は困ったように笑う。当てているような自覚は無く、単に本で読んだ通りに札を並べてその札の位置が表す意味を伝えているだけなのだという。
 早くしなさいよ、と松本に背を突かれて千世は更に腕を組み唸った。おおよそこういう場合は恋愛に関する事を聞く者が多いらしい。松本は婚期について先程占ってもらっていたが、あまり期待しないほうが良いという答えを雛森から貰っていた。
 千世も占って欲しい相手が居ないという訳ではない。長年片思いをし続けている相手が居るには居るが、だがもし相手と結ばれるかどうかを占ってもらったとして、叩きのめされるような答えを貰えば正直落ち込みそうだ。いくらあまり占いを信じていないとは言え、正面切って否定的な事を言われるというのはあまり気乗りしない。

「じゃあ、千世の運命の相手が誰か、ってどう?」
「あっ、そういうのは分からないですよ。はいかいいえで答えられるのじゃないと…」
「それなら、運命の人ともう出会ってるかどうか、なんてどうよ」
「ちょっと乱菊さん、勝手に止めてよ…!」
「だって千世がなっかなか決めないんだもん」

 運命の相手が誰かなんて、聞けるものなら聞いてみたい。もう出会っているのか、それともこれから出会うことになるのか。その相手が思い浮かべるあの姿であったなら良いと、一瞬でも考えてしまえば勝手に耳が赤くなってゆくのが分かる。
 千世は暫く悩んでいたが、ようやく心を決めて口を開く。

「私は、やっぱり占いは良いです…」
「えーっ!何でよ、雛森の占いは今日が最後なのよ!」
「何というか…答えに色々引っ張られそうで…」

 当たると噂の占いで、まさか運命の人は現れていません、なんて答えられてしまえばどんな顔をすれば良いか分からない。千世がそうぼそぼそと答えれば、雛森は札を纏めながら笑う。

「無理に占うものでもないですからね」
「ごめんね雛森さん、折角占ってくれようとしたのに」
「良いんですよ。占いって、響きやすくなっちゃう時期ありますもんね」
「そーお?話半分に聞いておくっていうのが占いの醍醐味だと思うんだけど」

 あっけらかんと言う松本のように、話半分に聞ければ世話は無いのだが。
 千世は結局後ろ髪を惹かれる思いのまま、その日一日を過ごすこととなった。運命の相手と出会って居るかどうかくらいは占って貰えばよかっただろうかと何度か考えたが、望まぬ言葉が返ってきた時にひどく落ち込むのは違いない。
 だが今まで、片思いの相手と結ばれようなどそんな烏滸がましいことは思っていない筈だった。ただその傍にいれるだけで良いのだと、少しでもその近くに立てるだけで良いという思いの筈だというのに、気が緩むとすぐ期待してしまおうとする。彼の思いがまさかこんな小娘である自らへ向くはずなど無いと分かっているのに、どういう訳か少しでも可能性があるのではないかと隙あらば期待をしてしまう。
 翌朝、隊舎までの出勤の道のりで千世は一つため息をつく。まだ昨日の事を思い出しては後悔に似たやけに重い感情が残っている。期待と絶望とは紙一重だ。占ってもらったとして、もしかしたら地獄へ突き落とされるような結果になっていたかも知れないというのに、どうしてか思い通りの結果になった事を想像して勝手に後悔をしている。
 恋というのはとことん人を愚かにするのだと、朝からどんよりとしていれば、突然何者かに顔を覗き込まれ息を止めた。

「おはよう」
「おっ、おはよう、ございます」

 突然現れた片思いの相手に、千世は必死で喉の奥から挨拶を絞り出す。白い髪を風に揺らす彼は、爽やかに笑うといつもはもっと広いはずの歩幅を千世に合わせるよう狭めて横を歩く。

「ど…どうされたんですか」
「なに、日南田の姿を見かけたから、隊舎までご一緒させて貰おうかと思ってな」

 良いかい、と聞く彼に千世は二度ほど勢いよく頷いた。
 何と単純で愚かな事か、先程までの地の底を這うような感情は彼に向けられたその言葉で途端に浮上し、勝手に期待が再び育ち始める。目線を下げ、彼の合わせるような歩幅を見つめては、徐々に上がる心拍が心地よいとすら感じる。
 やはり昨日、雛森には運命の相手に関して占って貰うべきだったか。なんて実に都合の良い事を緩んだ頭で考えた。