アネモネの嘘

50音企画

アネモネの嘘

「この花は何ですか」

 たまには花でも買って帰ろうかと並ぶ鉢植えや花を眺めていれば、風にふらふらと揺れる真紅の珍しい色が気になり、店先の女性にふと訪ねた。
 聞けばその花はアネモネという花らしい。どういうツテかこの花屋は現世から仕入れを行っているようで、よく初めて見るような花がこうして並んでいる。そのアネモネについてもそうだ。花について詳しい訳ではないが、あまり見かけない姿かたちである事くらいは分かる。
 赤いアネモネの花は風でふらふらと揺れる。それがやけに気になり、暫くの間なにを悩んでいるわけでもなく見つめていた。

「どなたに贈られるんですか?」
「ああ、いや…」
「赤いアネモネは、女性に贈られるにはぴったりのお花ですよ」

 恋人に、と素直に答えれば良いと言うのに花を前にするとどうにもこっ恥ずかしく思えて口ごもった。女性は笑って一本その花を手に取ると目の前へ差し出した。近くで見るとやはり見事な赤色だ。中央のわずかに見える白との対比が美しい。

「花言葉はお好きですか?」
「嫌いではありませんが」

 そう答えると、女性はその赤いアネモネの花言葉が「君を愛す」であることを教えてくれた。まあなんとも直球な花言葉だろうかと思わず笑う。確かに女性へ贈るにはぴったりな花言葉だと言う訳だ。
 分かりやすい赤の色とその素直すぎる花言葉に感心し、今日知ったばかりのそのアネモネで花束を見繕ってもらうよう頼んだ。手際よく女性は店先に並ぶ花を手に取り、すぐ近くの作業台で綺麗に束ねてゆく。
 やがて出来上がった丁度良い花束は綺麗な色紙でふわりと巻かれ、紙の袋に収まった。袋の中を覗き込みながら、ひとつ礼を言う。

「茎を切られる際はお気をつけくださいね」
「茎を?どうしてですか」
「微量ですが毒性がありますので、直接断面には触れないよう」

 そうですか、と頷く。この可憐な姿と直球な花言葉の割に、物騒なものだ。だがそのくらいが丁度良いのだろうとも思う。いや、何という訳ではないのだが、どこか帳尻が合うなと思ったのだ。実にそれは、感覚的な領域で。