もはや悪癖

50音企画

もはや悪癖

 

 副隊長へと昇進して間もなく、清音と小椿からは一通りの引き継ぎを受けていた。今日は小椿が討伐任務で不在との事で、朝から清音と付ききりで執務室に籠もっている。それが丁度よい区切りとなった夕方、少し疲れたからということで二人してほど近くにある甘味屋へと息抜きに向かっていた。
 時折この甘味屋の前は通りかかるが、季節を感じるお品書きが目に入る度に惹かれていた。三月に入ってからは桜餅を売り出したようで、店先に出された木製の椅子に腰掛け口にする姿を時折見かけている。
 丁度良い時間だったのか、店はぽつりぽつりと居る程度で空いていた。適当な場所で二人して腰を掛けると清音はすぐさま店員の女性に桜餅を注文する。

「注文早いよ、私どうしようかな」
千世さんもさっき桜餅食べたいって言ってなかったっけ」
「言ってたんだけど、どうもここに来るとみたらし団子が食べたくなるんだよね…」

 わかる、と清音は頷いた。数秒頭の中で千世は考えながら、結局みたらし団子と女性に伝える。いつも季節ものや創作和菓子にも惹かれるのだが、結局は安定を選んでしまう。それが良いのか悪いのかは分からないが、食べ終えた後に僅かに寂しい思いを感じるのは確かだ。
 注文の品を待ちながら熱い茶を口に含んでいると、はっとしたように突然清音が目を見開き千世の背後に向かって手を挙げる。隊長、と実に嬉しそうに呼びかけた声に千世はぎくりと背筋を正しながらゆっくりと振り返った。

「二人も息抜きか。奇遇だな」
千世さんへの引き継ぎが一段落したんです」

 通りがかりに桜餅を注文しながら、浮竹は二人の座席の傍へと腰を掛けた。折角の息抜きだというのに、途端に緊張で息が詰まる。副隊長へと昇進して間もなく一週間ほどとなるが、まだ彼と二人三脚というには程遠い状況だ。こうして横に現れるだけで心拍が上がっているのでは今後が思いやられる。
 間もなく運ばれてきたみたらし団子を口に運びながら、自然と言葉を交わす浮竹と清音の様子を眺めやがて自分もそう打ち解ける事が何れ出来るのだろうかとぼんやり思う。

千世さん、ごめんちょっとお手洗い」
「ああ、うん」

 桜餅を半分ほどにした所で、彼女はおもむろに立ち上がり席を離れた。彼女が置いてけぼりにした桃色の生地からつぶあんが覗く様子が実に魅力的で、思わずじっと見つめる。みたらしも勿論安定して美味しいのだが、やはりここは素直に桜餅にしておくべきだっただろうかと例のごとく僅かに後悔をする。
 しかしどうしてか、こう後悔をする事を分かっていても夏になれば水まんじゅうではなくまたみたらしを選んでしまうし、秋ももみじ饅頭でなくみたらしを選んでしまう。

千世、一口どうだ」
「あ…えっ!?」

 突然横の浮竹に声を掛けられ、千世はぎょっとする。差し出された小皿の上には、一口欠けた桜餅と竹楊枝が載っている。一口どうだというのは、恐らく千世が物欲しそうに清音の桜餅を見ていた様子に勘付きそれならば彼が自身のものを分け与えてくれようと、そういうことなのだろう。

「食べかけでも構わないなら」
「い、いえ…それは、とても申し訳ないので…」
「申し訳ない事は無い。此処の桜餅は美味いぞ」

 そう言って笑う浮竹に半ば押し切られるように、千世は差し出された小皿を受け取った。少し分けてもらう事はまだ良いとして、千世は生憎食べる術を持ち合わせていない。丁寧にも彼自身が使用した竹楊枝を載せて渡してくれたという事は、恐らくこれを使って食べなさいとそういう事なのだろう。
 だがしかしこの竹楊枝は恐らく、いや間違いなく彼の口へと運ばれたものだ。この竹楊枝で桜餅を切り分けそのまま口に運んだのだろう。つまり、千世も同じようにこの竹楊枝を使用すれば、彼の口に触れた部分を千世の口へ運ぶこととなり、またそれを返却すれば彼の口に触れる事となる。
 それはどういう事なのかと言うとつまり間接的に。

「どうした、千世
「…ああ、いえ!い…いただきます」

 竹楊枝を手に取り、切り分けるとそのまま口へと運ぶ。もっちりとした生地と、つぶの残った餡の甘さが口の中で混ざり広がり、実に美味だった。美味なのだが、きっとこの状況でなければもっと美味だったのだろう。今はただ甘さばかりが広がって、それ以上の感想が生まれない。
 ばくばくと鳴る心臓を落ち着けるように、それを悟られないように静かに深く息を吐く。

「どうだ、美味いだろう」
「はい、とても…甘かったです」

 千世の感想に、そうだろうと満足そうに笑った浮竹は、千世から皿を受け取り特に気にせず再び桜餅を切り分け口に運ぶ。口に残った甘さは、恐らくまだ暫く消えそうにない。

(間接キス/頂いたおだいばこより)