なじる強さで抱いてくれ

2021年6月26日
50音企画

なじる強さで抱いてくれ

 

 ただいま、と自分にしか聞こえないくらいの小さな声で呟きながら襖を開く。暗い廊下からわずかに漏れ出る明かりで彼がまだ起きている事は分かっていた。
 予定よりも帰宅するのが随分遅くなってしまった。学院時代の同窓会が開かれてそれに参加をしていたのだが、こうも盛り上がるとは思っても居なかった。酒や食事よりも話にばかり夢中になり、今更あの料理をもう少し食べておけばよかったかと思う。
 千世の姿に浮竹は手元の本から目を離す。戻りました、と呟けばいつも通り笑顔が帰ってくるかと思いきや何故か今日は少し不服そうな表情を見せる。思わずあれ、と言いたくなるような様子に固まった。

「遅かったな」
「すみません、場が盛り上がってしまって」

 そうか、とやけに冷たく言う様子に千世は怪訝な顔をする。怒らせるような事をした覚えはないが、あり得るとすれば帰る予定時刻よりも四時間ほど遅くなったこと、また日付を過ぎて暫く経っている事だろう。
 軽いため息の後に手元の本を閉じ、浮竹は立ち上がる。近づいてくる姿に千世は思わず身体を固くしていれば、くんくんと纏う香りを嗅がれた。

「煙草臭い」
「吸う同期がいたもので…」
「酒臭い」
「それは、その…飲み会でしたから…」

 むっとした表情に見下され、千世は自然と目線をそらす。飲み会なのだから当たり前だろう。別に子供でもないというのに、心配だったからこうして責められているのであれば不本意だ。店名は伝えてあったし、心配ならばいっそ様子を見に来れば良かったじゃないか。

「…千世の他に女性は居たのか」
「え?ああ、はい…十人ほど集まって、私とあと一人」

 急に何を聞くのかと思っていれば、それから隣に誰が座ったのか、何を話したのかとやけに詳細に宴席の内容を聞く。その質問一つ一つに答えながら、ああもしかしてこの人は、と気づき自然と口元が緩んだ。
 一通り質問を終えた浮竹は多少気が済んだのか、先程よりも随分その険しさは表情から消えたように見える。はあ、とため息を吐いた彼の顔を見上げると、その緩んだ表情に気づいたのか浮竹はなんだ、と口元へきゅっと力を入れる。

「隊長、もしかして」

 その続きを言う前に、近づいた唇に塞がれた。酒臭くて良いのだろうか、と煙草臭い髪の毛を梳かれながら思う。珍しく噛み付くような口づけは、この後の展開を容易に想像させる生々しさを持っていた。

浮竹側:うしろぐらいのでしょう