ちょっとはまし?

50音企画

ちょっとはまし?

 

 どういう訳か、千世は朽木家の会食に招待をされていた。元々は白哉とルキア二人兄妹水入らずでの食事のようだったのだが、ルキアがせっかくだからと誰か誘うことを提案したようだ。そこで名前が挙がったのが、阿散井と千世だったという訳だ。
 会食への誘いは朽木白哉直々に声を掛けられ、まさか断る事が出来るはずもなく二つ返事で承知した。後々ルキアに恐る恐る尋ねてみれば、そんな経緯があったという事だ。
 彼女に名前を挙げてもらうなど大変に光栄なことではあるが、だができれば兄妹水入らずで楽しんでいただきたかったというのが正直なところだ。
 千世は執務室の中で、一人うろうろとする。今日は休日だったのだが、午後に控える朽木家会食のせいで昨日からずっと落ち着かない。今朝は早めに目を覚ましてしまったせいで桐箱の中で眠っていた色留袖の着付けも早々に済ませ、特に部屋でする事も無く気づけば自然と執務室へ流れ着いていた。
 かと言って書類に目を通す気にもならず、一人椅子に腰を掛けながら空を見つめている。軽く襖を叩く音が聞こえ、ぼやけていた焦点を戻した。

「居たんだな」
「隊長、…どうも」

 現れた浮竹に、千世は頭を下げる。気配を感じてくれていたのだろう。これからの会食の事は朽木白哉から直々に声を掛けられたその日のうちに伝えていた。珍しいな、と千世の装いを見て浮竹は目を丸くする。
 もしかしたら初めて見せる姿やも知れない。顔を合わせる九割は死覇装、残りは恐らく寝間着だ。こうして畏まった装いをする事など実に珍しい。髪もしっかりと結い上げ、目立つ髪飾りを垂らし、唇には何時もより鮮やかな紅をさした。会食のことで頭が満たされすっかり意識から抜けていたが、これだけめかしこんだ姿を彼に見せないのは勿体ない。
 椅子から立ち上がり、その姿を見せるように彼の前へと近づく。どうでしょうか、と小さく呟いてみると浮竹は目を細めて笑った。

「もっと早く見たかったよ」
「す、すみません…会食のことで頭が一杯で…」

 千世がそう身体を縮こまらせると、目を細めて笑んでいた浮竹の表情が一瞬こわばる。突然の変化に理由が分からず暫く見守っていれば、何を思ったか一つ千世の正面へと歩を進めその背へ手を回した。何をされるのかとじっと動きを止め待っていると、首の後ろ側、ちょうどうなじの辺りをつつと指でなぞられた。
 思っても居なかった感覚に千世は妙な声を上げ、びくりと背を伸ばす。

「衿を抜きすぎじゃないか」
「えっ、そ…そうですか…?」

 浮竹の言葉に、千世は焦って顔を見上げる。別に特に抜いたつもりもなく、鏡で確認した時にもそう気にならなかったのだが。髪を結っているからその分見える肌の部分が増え衿が抜けて見える可能性はある。だがそう眉間に皺を寄せて言われると、彼の望む通りに誤魔化してみる他無い。多少弛んでいるかと思われる脇の部分を引張り整えて見せれば、先程より多少衿が詰まったように感じる。
 だが浮竹の眉間の皺は消えず、もう少し、と一言呟いた。叱られている訳ではないのだが、どうにもそう感じてしまう。もう一度同じようにきつめに直してから、どうですかと恐る恐る聞いてみれば、少し悩んだように唸った後渋々一つ頷いた。
 その様子からするに恐らくまだ納得していないのだろうが、妥協できる範囲ではあるのだろう。彼だって良く見知った相手、そう心配をされるような場所へ行く訳ではない。だというのに何故そう不安そうな表情をするのか、千世には分からなかった。
 だが、分からないというのに、彼の不安げな表情が千世は決して嫌いではない。むしろまだ名も知らぬ感情をそっと満たしてゆくような心地よさを、遠くで感じているのは確かだった。