ただ夜明けが尾を引いて

頬杖を付いたまま、庭で揺れる色づいた葉を眺める。どれほどの間こうして過ごしていたのかは分からないが、終業の鐘が鳴っているのを意識の外で聞いていた。 失われていた記憶が戻って以来、こうして呆然と過ごす時間が増えたように思う。それはまだ何かを忘れて居るのではないかと、記憶の中をごそごそと漁っているような感覚に近い。今日もまたあまり仕事に身が入らないまま過ごしてしまったと、少しも態勢を変えないまま思う。 書庫で思い出したのはほんの一部の事で、まだその全てを取り戻したという訳ではなかった。どういう訳か浮竹は記憶の戻し方、というのを良く知っていてそれを頼りに欠けた記憶を集めている。あの時期隊舎にあまり居なかった理由はまさか何か、と思ったがしかしそれを口にすることは止めた。 しかし記憶の戻し方というものは運任せに近い。仕舞われた記憶に関連したものへ触れたり嗅いだり、視認した時に突如蓋が開く。だから今日も偶々食べた団子、焙じた薬茶の匂い、所々で彼の隣で過ごした時間が蘇っては抜けた穴を埋めていた。 完全に封をされていた記憶は、恐らく書庫のかびと埃の香りが切欠で蓋が開いたようだった。まだ完全ではないものの、歯抜けになっていた記憶が埋まりゆく度に満たされるような感情を抱く。 それにしても、随分と日が落ちるのが早くなったものだ。秋の夜長という言葉の響きは好きだが、太陽と顔を合わせる時間が減るのは寂しい。長らく態勢を変えていなかったは、ようやく頬杖をやめ大きく伸びをした。 夜になると寂しくなるのは、その暗さが一人で居ることを責め立てるような気がするからだ。それならば二人で過ごせば良いのだと思うが、しかし。 記憶が戻り三日ほど経っていたが、未だ二人で長く過ごすということをしていない。恐らくよく彼の屋敷には行っていたはずだ。机の引き出しに入っていた得体の知れない鍵が彼の屋敷の鍵であったことは思い出していたが、しかし許可なく入るというのは流石にまだ気が引ける。 ならば聞けば良いではないかと思うのだが、しかしそれも気が引けた。やはりまだ完全に記憶が戻っていないせいか、まるで付き合いはじめのような心持ちに近かった。きっと色々な経験をしているはずだというのに、生憎その色々が思い出せない。 その色々が気になり、ぼんやりと残る不埒な記憶を時折探ろうと夜半、二度ほど頭を悩ませたが結局欠片も得られなかった。悩む時間が長くなるほど一人恥ずかしくなり、もう無理に思い出すまいと自室で決めたはずだったのだが、しかし夜を迎える度に知りたくなる。 やめよう、とは頭を振る。ついに執務室でも悩み始めては終わりだ。提出の近い書類だけを終わらせて早めに切り上げ、こんな日は熱い湯船にでも浸かってさっさと寝てしまうべきだろう。転がしていた筆の先はもうすっかり乾いている。硯に溜まった墨へ軽く穂先を付け、しばらくぶりに筆を走らせた。 廊下から聞こえる話し声が賑やかだ。週末ということもあり、多くの隊士がこの後連れ立って繁華街へ向かうことだろう。この靄がかった気分に酒でも煽りたい気分だが、しかし今この精神状態で酒を呑むのは少しばかり行方が恐ろしい。止めておくのが無難だろう。はあ、と行き場のない感情を憂いてひとつ息を吐いた。 「やけに荒んだため息だな」 「った、隊長…！庭から来るのは、止めて下さい！」 近道なんだよ、と笑う浮竹には椅子からずれ落ちそうになった態勢を立て直す。部屋は手元の灯りしかつけて居なかった上、全く音もなく現れた姿に心臓が止まるかと思った。 わずかに開いた障子から部屋へと浮竹は侵入する。庭から現れるのは驚くから止めてくれと都度言っていた筈だが、確かに雨乾堂からの距離を考えればわざわざ正規の入り口から入るというのは骨が折れる。かと言って、仕方がないとは言い難い。 薄暗い執務室の中彼は慣れた家のように中央の長椅子へと腰を下ろした。菓子盆に乗った彼から貰った饅頭は大分数が減ったが、まだ三つほど残っている。貰うよ、と一言彼はが答えるよりも前にその包みを剥がして嬉しそうに口へ含んだ。 その様子を眺めながら、あっとは立ち上がり茶箪笥から湯呑を取り出す。机上に置いていた急須に触れるとやはり温度は下がっていたが、甘い餡を思えば無いよりましだろう。 「悪いな、急に訪ねた上に茶まで」 「その代わりぬるいですよ」 どうぞ、とは彼の前へと湯呑を置きその横へと腰を下ろした。執務机の上に灯るあかりだけが揺れる薄暗い中、湯呑に口をつける浮竹の横顔を眺める。灯りをつければ良いと言うのに、どういう訳かこの暗さに安心をして部屋の隅の行灯へ近づく気はしなかった。 一人の時は暗がりの寂しさに怯えていたというのに、彼が横に居れば真逆の感情を覚える。実に現金なものだ。湯呑の中身を半分ほどにした浮竹はぬるいなと笑い、再び机上へと戻す。だからぬるいと事前に伝えていたというのに。 「またいくつか、隊長とのことを思い出したんです」 「そうか。…良かった、順調なようで」 湧き出す記憶に触れる度、思えば何とも無いような時間が如何に大切なものであったかに気付かされる。特筆するような出来事のない日常の蓄積に支えられていたことを遅まきながら知った。浮竹は目を細め笑うとまだ残る手元の饅頭に再び口を付ける。 灯りをつけたらどうだといつ言われてもおかしくないような薄暗さに、は内心びくびくとしていた。わざわざ灯りをつけていないというのに、それを指摘されてしまえば明るくする他無い。書類の山を照らす灯りが僅かに届くくらいが今のには心地よく感じていた。 僅かに袖が触れるほどの距離で、その横顔を見つめる。この様子ならば特に何か用事があって来たという訳ではないのだろう。終業の鐘を聞き、もしふと顔を見たいと思われたならばそんなに光栄なことはない。 饅頭を食べ終えた浮竹に、あっとは声をかける。顔を向けた彼は眉を上げた。 「隊長、餡が此処についてますよ」 眉を寄せた浮竹に、此処ですよ、とは笑って自分の唇に触れて見せる。慌てたように浮竹はの指し示す通り口元についた餡を落とそうとするが、惜しいところに触れるばかりで中々たどり着けずもどかしい。右だのもう少し下だのと口で説明するが余計目的の場所から離れていく指先に、とうとうは自の手を伸ばした。 薄い唇に指先が触れ、思わず身体が固まった。触れようと思って触れたというのに、いざ指先に皮膚の感覚が伝わるとその生々しさに産毛が逆立つようだった。先程までその口元に付いていた餡の欠片はもう下に落ちてしまったのか姿がない。となればこの指先で唇に触れる意味もないというのに、離れることが惜しく思えてあろうことかゆっくりと形を確かめるようになぞった。 ばくばくと大きく胸が脈打っている。唇から鼻筋、そして目元へと視線を上げるとやがて見下ろす彼の澄んだ瞳とかち合った。暫くその状況のまま互いに微動だにせず、それは出方を伺っているようにも思えた。しかし少しして触れていた手を彼の掌で捕まえられ、そっと口元に触れていた指先は離れた。浮竹が何も言わないのを良いことに、さすがに調子に乗ったか。 すみません、とは口走る。そのまま触れていれば思い出せるかも知れないと、一瞬思ってしまった。恐らく彼と過ごした夜は幾度となくあって、それは身体が覚えている。夜になると寂しく疼く身体は、紛れもなく触れる温もりを求めているものだった。 恥ずかしい身体だと分かっている。だから今だって、すみませんと謝ってその手を引っ込めようとした。しかし手は強く握られ、いつもひやりとするはずの彼の掌が今日はやけに熱を持っている。 焦って下げていた目線を恐る恐るまた彼へと向ければ、変わらずその視線はを捉えていた。上がる心拍数と反比例するように息を潜める。襖を隔てた廊下からは変わらず賑やかな声が漏れ聞こえていたが、この部屋は驚くほどしんとしている。 ぐ、と手を引かれている。僅かに空いた二人の距離を詰めるよう言われているようなその動作にぎくりとした。初めてでは無い筈だと言うのに、初めてのように胸が揺さぶられる。きっと口づけも数え切れないほど交わし、その先に及んだ事だって同じだというのにまるで処女のように緊張で手が震える。 また手を引かれた。はようやく擦るように移動し距離を詰める。膝が触れ、息が掛かるほどの距離に自然と瞳は揺れ吐く息は熱を帯びる。少し背伸びをすればきっとその唇まで届く。触れたいと逸る気持ちと、触れてほしいと願う気持ちが入り混じり彼に握られた手にじわりと汗が滲んだ。 そのあまりにも分かりやすい期待の感情は恐らく彼に筒抜けなのだろう。僅かに身体を曲げた浮竹の薄い唇が近づく。しかし触れる手前で止まり、鼻先が触れ合うくらいの距離で彼は笑った。まるでからかっているかのように思えて、は頬を染めたままむっとすると勢いのまま背伸びをして唇に触れた。 ぺた、と触れるだけ触れると直ぐに背伸びを止めは気まずく目をそらす。何の色気もない子供同士のような口づけに、案の定ふふと漏れる笑いが聞こえて口をへの字に曲げた。 「誘ってるのか」 「さ、誘って……るかも、しれません」 誘っていたのはそちらではないのか。彼の問いに戸惑いながら答えた言葉の後、ようやく優しく唇が重なる。水気を帯びた柔らかな感触は目眩を覚えるほどに心地よい。どこか甘い風味がするのは、先程浮竹が口に含んでいた饅頭のせいだろう。 腰へ回された腕で身体をさらに引き寄せられ、食むように重ねていた唇は徐々に深みを増す。たしか初めてこうして唇を重ねたのは、雨乾堂での出来事だったか。鈍い頭の奥でまたひとつずつ記憶の箱が開き、熱を帯びた。 時々呼吸をはさみながら交わる舌は、ぬるく柔く口内を犯す。その甘い感覚にまるで知能が奪われてゆくようで、だがいっそ考える力なんて無くして身を任せてしまったほうが良いのだろう。まだ手を握られたまま、もう片一方は頬を包み指先は時折その肌を撫でる。 ずるずると欲を無限に引きずり出されるような弄りに時折身体がびくりと震える。餡の甘さなんていつの間にか消えていた。 離れた唇はまだ熱を忘れることが出来ない。荒く呼吸を繰り返していれば、浮竹はおもむろに腰を上げるとへと身体を向けた状態で長椅子へ体重を乗せた。半身を向けたままではこのまま先に進め無い。何も言わぬまま手を引く浮竹に、も長椅子へと両の足を乗せ彼へ正面を向ける。 再び頬に伸びた手は優しく滑り、顎へと伝いそのまま首元へ降りてゆく。ぞわぞわとした感覚に肌が粟立つのを感じ、思わず身体を固くする。 「まだ思い出せないか」 「ああ…はい、まだその…初めてのような感覚で」 「そうか。…それなら、優しくしてやらんといけないな」 「…いつもは優しく無いんですか？」 「さあ、どうだろう」 そう言って弧を描いた口元に、みるみる顔へ血が昇る。届きそうで届かない記憶がもどかしく、悔しい。彼の記憶の中の自分は一体いつもどう受け入れていたのだろうか。始まってしまえば身体が覚えているものだろうか。再び唇が重ねられ、そっとその背を倒される。肘掛けを枕にしながら甘い交わりを続けた。 身体の上へ乗った彼の掌が、死覇装の上から身体を撫でる。布をいくつも隔てているというのに、その感触はいやに官能的に思えて声を漏らした。こうも簡単に声を上げて、恥ずかしい女だと思われるだろうか。唇は頬に触れ、首元に触れる。生ぬるい湿った舌がゆっくりと這い、あっと声を上げた。 ここが執務室であることを一瞬は忘れていた。襖の外から聞こえる声に、は思わず唇を噛む。そう焦るの意思とは逆行するように彼の手で前で結ばれた紐を解かれ、ずるずると袴を下ろされてゆく。 合わせは崩れやがて袴は地面へと落とされる。それはもう後戻りは出来ないのだと今更思い知らされるように思えた。腿へと伸びた手は、その柔らかな反発を楽しむように何度も撫でる。ぞわぞわと迫る感覚に息を荒くしながら顔を見上げれば、視線に気づいた彼はの鼻の先へ軽く唇を触れた。 あ、と拍子抜けをしたのは確かだった。あれだけ丁寧に口付けられたというのにまだ求めようとしている。その欲深さを見抜いているかのように真っ直ぐ見下される瞳からは、そっと顔を背けるしか無かった。 とはいえこの行為が中断されるような事はなく、徐々に中心へと近づく彼の指先へ期待と不安が混じる。覆いかぶさる彼はまだその白い羽織も、死覇装も身につけたままばかりが身ぐるみを剥がされてゆく。揺れる裏地の潤朱が視界の端にちらちらと映り、その度に僅か動揺する。 隊を背負う証へ腕を通したまま組み伏せられる事への背徳感は、形容し難い感情を胸の奥に沸き立たせる。波立つ感情はもはや鬱陶しいとすら感じ、早くその羽織を袴と同じように床へ落としてくれないだろうかと眉間に皺を寄せた。 「何か、難しそうな顔をしているな」 「す、すみません…色々考えてしまって」 はぼんやりとしていた焦点を彼へと合わせる。自然と止めていた息を吐き出し、何度か呼吸を繰り返した。 「未だ早かったかな」 「早い…？どういう事ですか」 「記憶がひとつ戻ると、それに付随するものも全て一緒くたになって戻るだろう。複数の記憶で一度にそれが起きてしまえば、脳はひどい混乱を起こす」 なるほど、とはうなずく。もともとやけに詳しいと思っていたが、今の言葉で確信に変わった。記憶が戻った後彼が不必要に触れる事が無かったのはそれがきっと理由だったのだろう。あまり急に記憶を戻す事が無いよう、恐らく様子を伺っていた。 確かに今の頭の中は散らかっていた。蘇る記憶にはもちろん当時の感情も付いて来る。今現在受け取っていた感情は更新され、初めてのように感じていた口づけや肌の触れ合いの変わらない心地よさを懐かしむ。過去と現在、そしてこの先を期待する頭に浮かぶ映像は果たして記憶の中のものなのか、それとも単なる妄想なのかその判断すらも定かでない。 「でも、私は今取り戻したいんです」 早くこの突っかかるような気分の悪さを取り除いてしまいたい。縋るような視線を向ければ、わかった、と一言彼は呟き身体を起こす。羽織に手を掛け肩から落とすと、そのまま床へぐしゃりと落とされたの袴の上へと重ねた。 前紐を解く指先を眺めながら、もしかしたらつい先程までは最後までする気が無かったのかと思う。袴を落とし、身軽になってゆくほどに彼の表情から柔らかい笑みが消えてゆく。 の膝を持ち上げその足の間へと身体を置く。だらしなく股を開いたような格好に抱いた羞恥心は、間もなく下着の上からの指先でなぞる感覚で吹き飛んだ。じっとりと湿っていた事は少し前から気づいていたが、撫で付けられると一層その不快な湿っぽさが顕になる。 布地の脇から入り込んだ指先が直接触れると、身体は否応なしに反応する。ぷっくりと立ち上がる特に敏感な場所を何度も指先が往復し、下腹部がじわりと熱くなるのを感じる。下着の意味などもはや為していない単なる布は、べったりと張り付き気持ちが悪い。 もぞもぞと腰を揺らし自ら下着へと手をかけると、浮竹はようやくその不快な布を足の先まで下ろしてくれた。潤った中心は外気に触れすうっと涼しかったが、直ぐにまた彼の指先が滑り熱を持つ。二本の指は塗りつけるように往復し、軽くその中へと埋まる。くちゅりと漏れ出る水音には頬染め、口元を押さえた。 没入しかける度、隊舎内である事を忘れ淫らに声を上げそうになる。廊下の人通りは減ったものの、まだぽつりぽつりと会話やその足音が通る様子に必死で歯を食いしばった。指先はゆっくりと割って入り中を解す。根元まで差し込み優しく圧迫される感覚は、実に直接的に悦楽へと引きずり込む。 微かに声を漏らしながら、絶え間なく執拗に与えられる快感にただ身体をしならせた。いつもと同じように丁寧に、指先は身体の隅々に触れる。しかし指先では決して届かない部分が必ず見つかる。増してゆく快感と同時に僅かな物足りなさが蓄積し、このどうしようもない状況は身体をまるでどろどろに溶かすようだった。 ほしい、とうわ言のように口から溢れる。かち合った目線を絡ませながらまた同じように呟くと、彼の喉元は溜まった唾を嚥下するように動いた。 「本当に、まだ思い出せていないのか」 「…い、いえ…少しずつですが…でも、この先はまだ」 そう言っては恥ずかしさを誤魔化すように笑った。指先が抜き出され、身体は切なく疼く。下着の下から現れた彼のそれは、暗がりでも分かるほど求めるように怒張している。まさかその物体が身体に埋まるとは今の状況ではまるで考えられない。 不安に身体を固くしていれば彼の手が額へと伸び、前髪を掻き上げた。頭を撫でられる事で不思議と安心するとは知っていたが、まさかこの爛れた状況でも効果がてきめんとは驚いた。ふっと力が抜けた瞬間を狙ったのか、それとも偶然重なっただけか彼の熱がそっとへと触れる。 熱っぽいため息を漏らしながら、それはの身体をゆっくりと押し割って入り込む。粘性を伴った音を立てながら、つぷりと埋まる得体の知れない感覚に長椅子の背もたれを掴み損ない引っ掻いた。 「っん、…ぁっ、まっ…て」 「どうした、痛むか」 「痛い、わけではなくて…っき、もち、よくて…」 は苦しげにそう囁く。中を満たす彼の熱は、身体が良く知っていた。蜜が漏れ出す肉壁を押し広げ、ゆっくりと律動が続く。優しく奥を小突く感覚に、は身を捩り声の代わりに何度も深く息を吐き出した。肌の触れ合う温さが心地よく、その密着をより高める為か自然と彼の腰へ足を絡ませる。 好いところを何度も擦り、突き上げる動きは耐え難くとうとう小さく声を漏らす。廊下に漏れ出ないくらいの微かな声が、中へ入り込む度に口から零れた。何度も身体を重ねるうちにが好きな場所を彼は知ったのだろう。的確にその部分を抉る熱に、は何度も身体を震わせる。 「っ…は、も、もう、わたし…た、たいちょ…」 「隊長、じゃないだろう」 「…あ……じ、じゅうし、ろう、さん」 「…覚えているじゃないか」 酸素が足りない頭で、自然と口走った。ああ、そう言われれば確かに覚えている。見下される光景も、身体の内側を何度も突き上げられる苦しさも、その甘さも覚えている。口付けられれば思考は止まり、ただ与えられる性感に身体は支配されびくびくと腰を震わせる。 浮竹を包む肉壁は膨張し、その欲をせびるように蠢く。身体を重ねた印になるものを、今日は特別に求めた。余裕を失い荒く息をする表情を見つめ、それが切なく歪んだ瞬間には湧き上がる快感で身震いをする。中で吐き出される熱を受け止めながら、白んだ頭は幸福感だけに満たされていた。 長髪を乱し、俯いた浮竹はまだ大きく呼吸を繰り返す。秋の乾いた空気の中、二人のこの場所だけがひどく湿っぽく思えた。 「…いつも優しいじゃないですか」 それは今日に限ったことではない。彼の腕へ抱かれる時はいつも頭が溶け出すくらいの優しい熱で満たされる。顔を上げた浮竹は答えずに笑み、また同じように鼻先へ軽く唇を落とした。 僅かに開いた障子の隙間から夜風が流れ込み、火照った身体の熱を徐々に奪う。色褪せてゆく木々の葉などもうこの時期になれば見飽きた筈だというのに、どうしてか今更季節の巡りを感じていた。 ただ夜明けが尾を引いて 2020/10/28 （台詞リクエスト「誘っているのか」）