七夕

2021年6月22日
おはなし

 

 隊舎の中庭にいつの間にか笹が飾られていた。高いけやきに縄でくくりつけられている。誰が飾ったのかは分からないが、例えるならば千世の背丈の倍程もあるもので、もう既に短冊がいくつもぶら下がっていた。

「清音、これは?」
「隊長!お身体は大丈夫なんですか?」
「ああ、今日は多少調子が良いよ」
「そうですか…あ、これは狛村隊長からの差し入れなんです。各隊に届けてるみたいですよ」
「随分マメだな…今度礼に菓子折りでも持っていこう」

 丁度笹の近くに居た清音に声をかけると、驚いたように一度飛び上がった。狛村からの差し入れと言われると、納得が行く大きさだ。彼ほどの体躯ならばこの笹を背負って現れた姿を想像できる。
 僅かな風で揺れる短冊の様子が涼しげでつい見とれていると、隣の清音が短冊と筆をおずおずと差し出した。

「隊長も書きますか?」
「俺も?良いのか」
「当たり前です!さっきも千世さんが書いてきましたよ」
「ほう、千世もか」

 短冊と筆を受け取り、一つ唸る。七夕に短冊というのは何十年ぶりの事だろう。いつも気づけば過ぎている行事だった。七月に入ると瀞霊廷の各地に笹が飾られるが、もうそんな季節かと思っている間に過ぎている。
 浮竹は笹をまた見上げる。千世も書いていったと聞いて少し興味が出たのだ。どうやら皆律儀に名前を書いているようだから、根気強く目を凝らせば見つかりそうなものだ。

「隊長どうしたんですか?」
「ああ、いや…皆の願いが気になってな。清音は何を書いたんだ」
「わ、わたくしですか!?な…内緒であります!」

 急に慌て始めた清音を横目に、浮竹は短冊を探すような仕草をすると彼女は余計に慌てた。ふとその時、ぱっと目に入った随分高い場所に有る若竹色の短冊に几帳面な字で書いてある名前を見つけた。
 「健康」と書いてあるその短冊に、思わず浮竹は笑う。何年前かの冬の日に連れて行った神社での事を思い出したのだ。まだあの時彼女は五席で、ルキアも一緒だったか。
 その時に彼女から何を祈ったかと聞かれ、確か健康だと答えた。それが彼女のその短冊と関係有るのかは分からないが、ふと思い出した。誰の健康なのかは彼女だけが知るところだが、それがもしも自分の事であれば素直に嬉しい。
 そうだ、と手元の短冊に筆を走らせる。

「大願成就、ですか?」
「皆の願いが叶うように」
「七夕くらい、隊長の願いにすれば良いんじゃないですか?」
「これも俺の願いさ」

 浮竹は笑うと、背伸びをした適当な場所へ紐を結びつける。少し重さでしなった笹を、満足そうに見上げた。若竹色の短冊の隣で揺れる自分の願いを、晴れた空へと託す。

2020/07/07